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ぼちぼち佐世保でリフレッシュしなくては…

ぼちぼち佐世保でリフレッシュしなくては…

シェルパ斉藤

プロフィール
日本および世界各国を野宿しながら旅するバックパッカー&作家。八ヶ岳山麓に自分の手で家を造って田舎暮らしをする。耕運機で日本縦断するなど、自由でスローな旅を楽しみアウトドア系の雑誌に執筆している。『シェルパ斉藤の行きあたりばっ旅』など著作多数。

佐世保は日本の端っこだと思っていた。

地理的に日本のほぼ中央に位置する長野県に生まれ育ったものだから、日本地図を見るときは条件反射的に中央に目が行ってしまう。その観点から日本列島を眺めると、佐世保や九十九島周辺はどうしても端っこに見えてしまうのである。

しかし実際に佐世保を訪れたら、その印象が変わった。

端っこ=マイナスのイメージを勝手に抱いていたのだが、佐世保の街も九十九島の海も拓けていた。垢抜けていた、と表現してもいいかもしれない。異国の文化を感じさせる、開放的な空気が漂っているように感じた。

大手広告会社に勤めていたサラリーマン転覆隊の本田亮隊長が、西海パールシーリゾートのマリーナ周辺を見て「ハワイやロスに来たみたいだ。海外にロケに行かなくても、ここで撮れちゃう」と笑っていたが、同感だ。

陸のどん詰まりではなく、海に向かって開けている港の風景を見た僕は「ここは日本の端っこなんかじゃない。日本の玄関じゃないか」と思った。大陸にも近い佐世保は、世界に向かって開けた場所だったのである。

そして九十九島をカヌーでツーリングしたときは、またも自分の思い違いを実感した。

僕の生まれ育った長野県には『陸の孤島』と称される寒村がいくつもあり、子供の頃にそのような場所に出かけたことがあるものだから、陸の孤島がこんなにすごいんなら、本物の孤島はこれ以上にすごいんだろうな、と少年時代に擦り込まれてしまったのだ。ところが、カヌーで訪れた九十九島は僕が思い描いていた島とは別世界だった。

九十九島は孤島ではなく、いくつもの島が群がっているからでもあるけれど、どの島も閉鎖的でなく、人々が明るく暮らしていた。海の幸も豊かで、ごちそうもたんまりとあって、よそから来た旅人を寛大にもてなしてくれた。その優しさにふれたときに納得した。陸の孤島は深い雪に覆われると閉ざされてしまうけど、島は海によってつながっている。海は外界を隔てているのではなく、外界とつながるために存在するんだと思った。

父親がそんなふうに惚れ込んでいるくらいだから、旅人のDNAを受け継いだ

うちの息子たちも佐世保や九十九島が大好きである。

長男も、そして5歳違いの次男も、小学校を卒業する前に元服と称して父とふたりで九州縦断の自転車ツーリングに出かけているが、どちらのツーリングでも僕らは佐世保に立ち寄り、人々から歓待されている。かなり印象がよかったのだろう。長男も次男もそろって「ひとり暮らしをするなら佐世保がいいな」と口にしたくらいだ。

次男の九州縦断ツーリングが終わって2年が経とうとしている。ぼちぼち佐世保に出かけてリフレッシュしなくては……と、雪を冠った八ヶ岳山麓を眺めて西の海に想いを馳せる毎日である。

 


 

鹿子前から黒島までシーカヤックを漕いだ。名切浜に上がって島をそぞろ歩いていると、教会のある風景に出会った。煉瓦造りの黒島天主堂が緑に映えて建っていた。

 

黒島の民宿で美味い漁師料理をいただき、翌朝また名切浜から漕ぎだす。鹿子前まで約3時間のパドリングだ。出発前にカヤッカーみんなと写真をパチリ。