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私の山登りと 佐世保の山々

私の山登りと 佐世保の山々

佐世保山岳会 会長
古川好幸

2012年の元旦は、雪深い上越国境の谷川岳山頂に仲間3人と立っていた。43年前、福岡県の古処山登山から記録を執り始め1002回目の登山である。

佐世保山岳会に入会してからは、山登りが私のライフワークとなった。同会は1953年設立のハイキングから岩登り、沢登りや雪山までオールラウンドな山登りを楽しんでいる団体で、私も会友と一緒に地元烏帽子岳、県内多良岳、佐賀県黒髪山から九州各地の山へ、北アルプスへと山登りを重ねていった。

入会1年目、1970年春の北アルプス鹿島槍ガ岳から眺めた剣岳の印象が強烈で4年後に頂上に立ってからは、春の早月尾根、小窓尾根、八ツ峰と何度も急峻な雪渓から岩壁から剣の頂に向った。槍穂高連峰や鳥取大山での春山・冬山合宿、武雄御船山や阿蘇鷲ヶ峰での岩登り、大分県祖母山川上渓谷や市房山系での沢登りと経験を重ねるにつれ、山への想いは国内から海外へと拡がった。

1976年夏には、ヨーロッパアルプスに仲間3人で遠征しモンブランやマッターホルンなどに登り、アイガー北壁を目の当りにして帰国した。岩と氷雪の荒涼とした世界から佐世保に戻ると、市街地を見下ろす烏帽子岳や弓張岳が新鮮で、ふるさとの自然の温かさを感じた。

地元での山登りは、烏帽子岳を何度も往復したり、隠居岳から国見山まで歩いたりと数え切れない。1977年は黒髪山系の沢をつぶさに踏破し、ルート図を作成「黒髪山系案内」を刊行、龍門の谷概念図を完成させた。1982年、長崎佐賀県境の延べ7日間にわたる縦走は、地図を頼りに石碑や石積みなど、歴史を感じる山歩きだった。2002年、佐世保市は市制施行100周年を迎え、お祝いのイベントが数多く実施されていた。

私も記念の市境踏破を計画して、大村湾戸尺の浜から真申の海岸まで、延べ4日間で歩き通した。松岳、白岳、平戸往還の宮村境一里塚、弘法岳、二ツ岳から三川内皿山峠までの複雑な地形、高速道路横断橋、市境から少し離れた三領石(鍋島藩・大村藩・平戸藩の境)、国道35号県境、八天岳、栗木峠の美味しい湧水、多利山、小塚山、板山峠、江里峠、五蔵岳、妙観寺峠、半坂峠、真申佐々川河口へと歩き通したのだ。その後、世知原吉井町が合併し、国見山から高法知山、江迎町境までも踏破した。

市境でなくても気になる山は多い。平戸松浦藩の歴史を感じたり、日本帝国海軍の遺構が残ったり、西海国立公園の景勝地や港を望んだり、アカガシの照葉樹林を楽しめる山々がいくつもある。

手軽に登れる山々を一度に登ってしまおうと計画したのが「させぼ八高山巡り」である。踏破距離50キロメートルの耐久山岳ウォークで、還暦を迎える私達の記念登山として2009年4月に実施した。

上相浦駅を早朝4時にスタート、第1峰愛宕山、西海パールシーリゾートの広場で朝を向かえ第2峰赤崎岳へ。佐世保港と九十九島の眺めは最高だ。港近くまで一気に下り扶老坂を上って第3峰弓張岳、観光客もまだ少ない。奥弓張から遠藤但馬守が祀ってある但馬岳へ。第4峰将冠岳には八天宮が祀ってあり、岩場に立つと出発地の愛宕山がよく見える。春日神社に下って前半の終了だ。山の田水源地の脇を通って田代町に上がり、西側に廻り込んで第5峰烏帽子岳に12時到着。ここまでの疲労感はずっしりとのしかかる。第6峰隠居岳。郷美谷池からオサエ観音、第7峰八天岳までは、サザンカの群落あり、伝説あり、アカガシの林ありで一番好きな場所である。いよいよ最後の第8峰国見山、一等三角点の頂に16時30分着。愛宕山から12時間30分、満足感と充実感を感じながらゴールの潜木まで歩き続けた。

エコツーリズムの資源は市内各所に散らばっているが、ふるさとの自然を再発見しながらも環境保全の気持ちを忘れてはならない。共生の時代と言われて久しいが、現実はどうだろうか。

2010年8月までに1992年版、2002年版の九州百名山を踏破し、残り9座になった日本百名山や都道府県最高峰への挑戦を続けている。昨年11月、1000回の節目登山を終え、新たな目標を模索している。

2013年、佐世保山岳会創立60周年を迎える。記念合宿でヨーロッパ・ロシア最高峰エルブルース遠征の話が持ち上がっているが実現するかはこれからの話である。