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早岐から針木峠を越えて川棚まで

早岐から針木峠を越えて川棚まで


 
No.20

早岐(はいき)〜鈴木峠〜川棚町


取材日:200911.19


ミカン畑の坂を登ると江戸時代にタイムスリップする気分

先に市役所から早岐の本陣跡まで平戸往還を歩いたけれど、今回はその先を川棚まで歩くことにした。

早岐の中町商店街から歩き出す。昔の賑わいはないが、古い家並みに賑わいの名残を見る。佐世保海軍鎮守府が開設される以前には早岐の方が佐世保よりも賑わっていた。ホテルの前に『早岐一里塚跡』の碑がある。国道に出て、小森川で直角に左折する。そして小森橋を渡った。魚が泳いでいるのが橋の上から見える。

文化9年(1812)、日本地図を作るため測量に来た伊能忠敬が、橋を渡ったと記述を残しているから、江戸末期には旧小森橋があったのだろう。佐世保で一番古い橋ということだ。

いまや住宅地に消えようとしている瑞光寺跡が、道の左手の高台に残っている。天正年間にキリシタンにより焼き払われた寺で、後に再建されて明治の廃仏毀釈で廃寺となった。

往還道は広田小の前に出て、ここからはほぼ真っ直ぐに進む。途中に『矢通し石』があった。戦国時代に広田城を攻めた大村方との戦いの逸話が残っている。浦川内町では県道と並行して山沿いに続く道が往還である。

道は広田の刑務所にぶつかる。昔の道は塀の傍を通っているが、いまは通れない。さらに舳ノ峰峠へと向かう。古道を通って、いまアンズ畑になっているところに着く。そこに大村藩との境、『舳ノ峰番所跡』の碑があった。

峠を越えて宮地区に入ると、ほぼ県道に沿って進んだ。四郎丸から左折する(少し手前で往還は曲がっている)。墓地の中の古道を通って、雑木林やミカン畑の間の斜面をほぼ直線に針木峠まで登って行く。

八幡宮の参道表示を見て竹林の道を辿ると、やがて右手に鳥居があった。さらに真っ直ぐに進む。ひどく荒れているがほぼ当時のままに街道が残っている。針木(宮村)峠の最高地点(258m)である。少し下ると『宮村境一里塚跡』があった。ここが佐世保市の終わりだ。けれども道はここから先も面白いのでさらに歩く。

川棚へ向かう前に、ちょっと『八幡岳公園』に寄り道。15分ほど歩くと八幡岳の山頂に着いた。大村湾が一望できる。

一里塚跡に戻って峠を下ると、すぐ右手に湧水がある。『一杯水』と呼ぶ湧水である。長崎勤番に向かう平戸の殿さまも駕籠を降りて、この水で喉の渇きを癒しただろう。さらに進むと、ふいに車道と交差した。視界が開けて遠くに虚空蔵山が望めた。

さらに山道を辿る。新しく出来た霊園の脇に往還が残っている。かつては松並木だったと思わせる切株がいまもあり、下組郷松通の地名と「まっつう」の呼び名が残る。

どんどん道は険しくなるが面白さも増してくる。石畳みの跡もある。トレッキングシューズではなく、登山靴にすればよかったと思うほどの荒れようだ。江戸時代の旅人はこんな山道を辿っていたのか、と思うとタイムトリップした気分だ。やがて鬱蒼とした林を抜けると、一気に視界が晴れて川棚の町が遠くに開けた。


write:有限会社ライフ企画社・小川照郷

早岐中通り商店街の外れ、ホテルの前に「早岐一里塚跡」の碑が。 B:早岐中通り商店街の外れ、ホテルの前に「早岐一里塚跡」の碑が。
小森橋は江戸時代末には架けられていたようだ。伊能忠敬は平戸往還を歩きながら測量した。 C:小森橋は江戸時代末には架けられていたようだ。伊能忠敬は平戸往還を歩きながら測量した。
浦川内町では県道と並行して山寄りに古道が通る。 D:浦川内町では県道と並行して山寄りに古道が通る。
当時の藩境碑。 E:当時の藩境碑。
大村藩と平戸藩の境、舳ノ峰番所跡。江戸時代は両藩の武士が藩境を見張った。 F:大村藩と平戸藩の境、舳ノ峰番所跡。江戸時代は両藩の武士が藩境を見張った。
宮の瀬道町に残る昔の道。木が茂ったトンネルは江戸時代への入口か。 G:宮の瀬道町に残る昔の道。木が茂ったトンネルは江戸時代への入口か。
ミカン畑の間を辿る。 H:ミカン畑の間を辿る。
「宮村境一里塚跡」の碑。ここから右に折れると八幡岳公園に行く。 I:「宮村境一里塚跡」の碑。ここから右に折れると八幡岳公園に行く。
八幡岳公園からは光る大村湾が一望できた。 J:八幡岳公園からは光る大村湾が一望できた。
「一杯水」と昔から呼ばれる平戸往還筋の水飲み場。 K:「一杯水」と昔から呼ばれる平戸往還筋の水飲み場。
山の中ばかり歩いてきたが、ここで一気に景色が開ける。遠くに尖っている山は虚空蔵山。 L:山の中ばかり歩いてきたが、ここで一気に景色が開ける。遠くに尖っている山は虚空蔵山。
川棚へとゆるやかに林の中を下っていく。 M:川棚へとゆるやかに林の中を下っていく。
古道のところどころに石畳みの名残も。 N:古道のところどころに石畳みの名残も。
林を抜けたら、目の前に川棚の町と大村湾が開けた。この展望はちょっと感動だ。 O:林を抜けたら、目の前に川棚の町と大村湾が開けた。この展望はちょっと感動だ。
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行程:早岐駅を10時に出発 川棚駅着午後3時30分

交通情報:佐世保駅〜早岐駅までJR利用で約30分

距離:13km

累積標高(+):393m

協力:「平戸街道ネットワークの会」

※距離・累積標高・ルートデータはカシミール3Dにて地図を目視でプロットしたルートを元に編集しています。正確ではありませんのでご了承ください。




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ツルウメモドキ落葉つる性低木。熟すると3つに割れて濃オレンジ色の実が顔を出す。
バラ科の常緑低木。名前の通り真冬に真っ赤な果実を付ける。 フユイチゴバラ科の常緑低木。名前の通り真冬に真っ赤な果実を付ける。
別名ビナンカズラ。直径3ほどの深紅の実を下垂して付ける。 サネカズラ別名ビナンカズラ。直径3cmほどの深紅の実を下垂して付ける。
棘のある蔓性。佐世保では「カカラ」と呼び、団子を包むのに使う。 サルトリイバラ棘のある蔓性。佐世保では「カカラ」と呼び、団子を包むのに使う。

舳ノ峰番所跡

天正14年(1586)に井手平城と広田城をめぐり大村方と平戸方の間で戦いがあった。その後の話し合いで藩境と定めたのが「舳ノ峯」である。そこに番所が設けられ、番人がいて、旅人の出入りを取り締まっていた。

すなわち宮地区は大村藩だったのである。

「従是西 平戸領」と刻まれた当時の藩境碑が、峠をすこし戻った八並家に残されている。

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