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平戸海峡を一周する

平戸海峡を一周する

もうすぐ千里ヶ浜に着くと自分に言い聞かせながらパドルを繰り出した。
必死に漕がないと波と風に流される。うねった波がシーカヤックを隠すほど。


 
No.16

1日目:平戸(千里ヶ浜)〜鹿町〜高島
2日目:高島〜平戸(千里ヶ浜)


掲載日:2012.3.25


五月晴れの日、平戸千里ヶ浜から漕ぎだした。『平戸カヤックス』を主宰する末永直樹さんの一人艇と、三人乗りの二艇で、一泊二日の平戸海峡を海岸沿いにぐるりと回るカヤッキングツアーだ。千里ヶ浜から対岸の江迎まで海峡を横断する。海峡は航路なので船の動きを確認して一気にパドリング。

平戸海峡は雷ノ瀬戸(いかずちのせと)と呼ばれるほど流れが激しい。長串山のツツジが赤みを残し、その先にはメサ地形の冷水岳がどっかとある。海峡を渡り切ると、波が穏やかだったので安堵した。   島々を縫うように進んだ。海原に丸い緑の島がぽっかり浮かぶ。北風に押されて爽快気分で南下する。

「大島という島にトイレと公園があるはずだから、そこに上陸してみようよ」

北九十九島の島に環境省がトイレを設置したという噂を聞いていた。それも最新のバイオトイレだ。 「無人島にバイオトイレなんてどうしてよ」

カヤッカーのために作られたのなら利用すべきだろう。海には道標がないのでそれがどこにあるか判らない。イカダで作業する漁師さんに訊いて、ようやく入り江に浮桟橋を見つけた。カヤックを着けて上陸すると、展望台の手前に木造のトイレがあった。誰がここまで用を足しに来るのだよ、と思いながらさっそく利用。専用ペーパーまで設置されていた。

褥崎を過ぎて、前島と本土の間の狭い瀬戸を抜けた。潮が引いていたのでカヤックを担いで通ることになる。磯で地元の人がアサリ貝を採っていた。  この季節、島にはトベラやシャリンバイが咲いて綺麗だ。天然記念物のトビカズラもどこかの島にひっそり咲いているはずだ。

本土最西端の碑を左に見ながら高島に向かう。高島の西の浜に新しくキャンプ場が出来たと聞いていたので、そこにテントを張ることにした。芝生が張られて、トイレが設置されていた。

 

翌日は朝早く高島を発った。幅が広くなった海峡を横断しなくてはならない。波穏やかだったのに、漕ぎ出したとたん荒れてきた。風を受けながら必死にパドリングする。2mほどもある大波がシーカヤックに被さる。恐怖さえ覚えるけど、まさにとり着く島がない。休みなく3時間漕ぎつづけ、ようやく上枯木島の陰に入った。それから平戸島の岸まで1時間漕ぐ。浜にカヤックを上げてぐったりと倒れ込んだ。そしてまた、平戸島沿いに北上するのだが、それは風と波との厳しい格闘だった。行きは風を背中に受けて4時間の航海だったのに、帰りは北東の風に逆らって9時間もかかった。

千里ヶ浜に戻ったときは腕も胸もパンパンに張って、ポパイになった気分だよ。

 

 

 

 北九十九島の大島には桟橋があって、それを上ると展望台の広場がある。

大島に環境省が作ったバイオトイレ。

 

高島の西の浜に新しく出来たキャンプ場。トイレやシャワー設備もある。

 

高島から漕ぎだしたところ。このときは穏やかな海だったが。背後に黒島が見える。

 やがて遠くに千里ヶ浜が見えた。

 前島との狭い瀬戸でアサリ貝を採る地元の人と。

向かい風に逆らってようやく横島を過ぎたとき、波が急に穏やかになった。気付くと、カヤックの外は紅藻がびっしり茂った浅い海だった。

 


write:有限会社ライフ企画社
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トビカズラ

南九十九島のトコイ島で、平成12年(2000)に「トビカズラ」が発見された。中国が原産の種で、これまで日本では熊本県の相良に一株だけあって、国の天然記念物に指定されている。トビカズラが島を覆うほどに繁って、九十九島の自然環境がよく保たれている証とも言えるだろう。

トビカズラの花はトビの嘴のように尖っていて、蜜がひどく甘い。

平戸オランダ商館

長崎の出島に移る前、オランダ商館は平戸にあった。その当時の石造りの倉庫が平成23年に再現された。日本最初の洋館建築で、当時の人はその光景に驚いたことだろう。

寛永17年(1640)、キリストの年号を掲げていることなどを理由に、徳川幕府から破壊を命じられ、わずか一年余りで消失した。当時、オランダ貿易の国際貿易港として平戸が賑わった面影を感じさせる。

鄭成功

明朝末期、台湾をオランダから解放した英雄として知られる鄭成功。

彼は平戸の川内浦で生まれている。父は鄭芝龍、母は日本人の田川マツで、幼名を福松という。

成人した鄭成功は東シナ海沿岸を抑えて清朝に抵抗した。1662年にオランダ占領下の台湾を攻め、ゼーランジャ城を攻略した。

平戸千里ヶ浜の一画に、鄭成功の「児誕石」がある。マツはこの浜で貝拾いをしているとき産気づき福松を産んだという。

 

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