させぼの歩き方≪佐世保のトレッキング・カヤッキング・サイクリング情報サイト:させぼエコステイ≫
トレッキング
ウォーキング
カヤッキング
平戸往還
サイクリング

三川内・江永・木原と焼物の里

三川内・江永・木原と焼物の里


 
No.13

三河内〜江永〜木原


取材日:2011.01.27

佐世保にある、3つの陶器の産地を巡る里歩き。車で移動すると、不便に感じる移動も、歩いてみると集落のつながりを納得できる。標高差が少なく、舗装路が多いので気軽に歩くことができます。


三川内焼の三つの皿山をつないで…

三川内焼の皿山は三川内、江永、木原とあるのだけど、国道から東に線路で隔てられているためか、わざわざ訪れる人は少ない。五月の『はまぜん祭り』には窯元めぐりが行われる。三つの皿山はいずれも谷間を流れる川に沿ってある。焼物の里の風情を感じさせる佇まいで、時間が停止したような安らぎと穏やかさを感じる。山に隔てられた三つの焼物の里をつないでウォーキングした。

三川内皿山の公園から歩き出し路地の坂道を登って行くと、昔は旅籠だったという古い建物「泰平や」が整備保存されていた。そこを右に折れるとトンバイ塀の小道だ。窯を築いた石を石垣に再利用したもので三川内ではモウロ塀とも言う。灰粕で飴色に焼けて、実に味わい深い風景を見せる。

路地を登り切ると天満宮の鳥居があって、石段を登って行くと『釜山神社』。三川内焼の祖の一人、『高麗媼』を祀ったものだ。高麗媼は伊万里の椎ノ峰から陶工たちを連れて移って来た女陶工である。もう一人の祖が今村三之丞、その子・弥次兵衛(如猿)が、初代皿山棟梁となって、陶祖神社に祭られている。

登りつめた天満宮の境内に、見事な石造りの太鼓橋がある。その下を潜って左に谷を下っていくと、『東窯跡』に続いていた。古窯跡の煙穴が残っている。

細い道を左にたどって溜池の方に進んだ。それから坂を登り切ると『金比羅神社』があった。巨樹が茂って見事な社叢だ。それを左に見て山道をどんどん進んで行くと、道はテクノパークに続いていた。過去から一気に現代にトリップしたような妙な気分になった。やがて波佐見に続く県道(佐世保嬉野線)を下り、山を辿って峰を越えて行く。新しく出来た車道ではなく、山沿いの古い道を歩いていくと、青い水を湛えた江永ダムに出た。

ダム建設のとき古窯跡が発見されている。江永の集落のあちこちに、いまも煉瓦の煙突があって、まさに焼物の里だ。共同浴場の跡に琺瑯の古い看板を見つけたりと、すっかり旅人気分にさせられた。

さらにもう一つ峰を越えて木原皿山へ。ここも商社や窯元が軒を並べる焼物の里だ。高速道の手前の斜面に『地蔵平窯跡』の登り窯があるが、いまは藪に隠れている。

四百年の歴史を持つ三川内焼の三つの皿山は、早春の陽光に穏やかな表情を見せていた。


write:有限会社ライフ企画社・小川照郷

距離:9km程度
所要時間:3時間程度
標高差:16m
累積標高(+):+432m
累積標高(-):-416m

区間   距離 所要時間 標高差
1 三河内・消防団前 〜 釜山神社 0.5km 25分 +43m
2 釜山神社 〜 金比羅神社 1.2km 30分 +66m
3 金比羅神社 〜 佐世保テクノパーク入口 1.6km 30分 -105m
4 佐世保テクノパーク入口 〜 江永ダム 3.8km 60分 +22m
5 江永ダム 〜 木原・地蔵平窯後 2.2km 45分 -10m
    14km 3時間10分  
         


より大きな地図で コース13 三川内焼の三つの皿山をつないで を表示

三川内焼の始まり

上品な染付と巧妙な細工物が特徴の三川内焼は、「世界でもっともブリリアントな焼物」と評されて、大英博物館にも所蔵されている。

この地には古くから唐津岸岳の影響を受けた窯があったようだが、豊臣秀吉の文禄慶長の役で、朝鮮半島から連れて来られた陶工たちによって発展したと言われる。

やがて針尾島で白磁鉱(網代石)が発見されると、三川内でも磁器を焼くようになっていく。以後、平戸藩の保護によって御用窯として発展していった。

高麗媼(こうらいばば)と今村三之丞(いまむらさんのじょう)

文禄3年(1594)の「岸岳崩れ」で椎ノ峰に移った高麗媼は、さらに陶工たちを連れて三川内の長葉山に来た。

最初は陶器を焼いていたが、平戸から今村三之丞も来て、やがて白磁鉱が発見されると、磁器を焼き出した。

以後、御用窯として発展していく。寛永20年(1643)には三川内に皿山役所が置かれた。

『窯山神社』は高麗媼を祀り、『陶祖神社』は今村三之丞の子・弥次兵衛(如猿)を祀っている。

キーワード: